具志堅、辰吉、彼らはやはり大物だった。
皆さんはこんな話を知っているだろうか?具志堅や辰吉がまた無名と言っても過言でなかったころの
話である。
昭和50年12月17日、沖縄那覇市でWBC世界J・フライ級タイトルマッチが行われることにな
っていた。WBC王者は後に11連続防衛の記録を成し遂げるルイス・エスタバ(ベネズエラ)だった。
それに挑戦するのがWBC2位の島袋武信だ。エスタバの初防衛戦ということもあり少しはチャンスは
あるかと思えたが、試合前の公開スパーリングでチャンスはまるでないのが明らかになった。
島袋は後悔スパーでパートナーに滅多打ちされ、とても世界の器ではないことが暴露された。当然、
エスタバとの試合は何もできずにKOで敗れた。スパーリングパートナーに何もできずに打ちまくられる
島袋が試合で何もできないのは当然のことであったが、後にして知ったがパートナーを務めたのは実は、
のちのWBA世界J・フライ級王者、具志堅用高だったのだ。具志堅は当然、そのころは無名で6勝
(3KO)のグリーンボーイに過ぎなかった。具志堅はパートナーを務めた後、世界ランカーを食い、
9戦目で世界王者になってしまうのである。後にして思えばとんでもないパートナーを島袋は選んで
しまったのであった。
それから12年後の昭和62年3月29日に行われる予定のWBA世界バンタム級タイトルマッチ
王座決定戦の公開スパーでも同じようなことが起こった。決定戦に出場するWBA2位のアサエル・
モラン(パナマ)のスパーの相手は、モランと王座を争う六車卓也(大阪帝拳)の同門でアマチュア
選手だった。モランのトレーナーが「軽く流したいのでアマチュアの選手が良い」と指定したものだが
ところがどっこい、そのアマの選手に世界2位が、打ちまくられてしまうのだ。このスパーを見たモラン
のトレーナーは怒り出して「だまされた!相手はプロじゃないか!」と凄い剣幕であったが、モランと
スパーリングしたのは確かにアマチュア選手だ。この話を聞いた世間は六車に勝機有りと噂した。試合は
六車が5回でモランをノックアウト!。新王座に就いている。
さて、数年後、世界2位を打ち負かしたアマチュア選手が誰なのか分かった。何とあの辰吉丈一郎だっ
たのだ。辰吉はアマで18勝(18KO・RSC)1敗の記録を持っていたが、れっきとしたアマチュア
選手だった。辰吉もまた具志堅と同じようにプロの世界ではほぼ無名であったのにも関わらず、堂々、
プロの世界ランカーをスパーで打ち負かしていたのである。のちにプロ8戦目で世界タイトルを取って
しまうのだから恐れ入る・・・。
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