もう誰とも会いたくない(その2)

具志堅用高編


1970年代は世界Jフライ級の王者である具志堅用高の時代であった。この時代は具志堅の国民的
知名度は非常に高く、その強さも圧倒的だった。日本中の誰もが具志堅の相手になるボクサーが世界の
何処を捜してもいないと信じていた。ましてや負けるなどという事は想像も出来ない。具志堅はJフライ級
史上の最高記録である防衛回数12をマークするとメキシコから来た刺客、ペドロ・フローレスの挑戦を
受けた。難なく防衛するかと思えば、打ち込まれ、からからの判定防衛。それでも具志堅無敵神話が崩れ
る事は無かった。
具志堅は私にとってもアイドルだった。具志堅と言うボクサーを尊敬して、その具志堅が日本人である
事に誇りに思っていた。そんな具志堅に今も痛烈によみがえる悪夢がやってくるのだ。
1981年14度目の防衛戦の相手は、前回、苦戦に苦戦を強いられたペドロ・フローレスであった。
今度は誰もが具志堅の圧勝。KO防衛と信じて疑わなかった。
そのとおり具志堅は初回から快調に飛ばしてフローレスをロープに詰めて乱打する。
「やっぱりスゲ〜。具志堅は強い!!」
2Rも同じ状態では有ったが、何故かフローレスを倒せない。そしてラウンドを重ねるたびにフローレスの
パンチを食いはじめる「や・・やばい・・」。
日本の国民的ヒーローだった具志堅ははじめて故郷である沖縄で防衛戦を行ったが、前回と同じように次第
にフローレスペースに引き込まれた。具志堅がロープにつめられて滅多打ちされるシーンをこの目で見よう
とは思いもよらぬ事だった。「あーー!!」私の叫びとともに具志堅はリングにしゃがみ込む。あの無敵の
具志堅がダウンを取られた。心臓が止まるかと思えるシーンだった。具志堅は立ち上がって反撃するが、
いつものパンチの切れが無くフローレスはまた打ち返してくる。「頑張れ・・具志堅!!」
しかし、12Rもはや具志堅には抵抗する力が無かった。いや、当時は具志堅が反撃して倒して勝って
くれると信じていた。私ばかりではなく、テレビを見ているファンも観客も実況するアナウンサーもそう
だった。力無くうつろな目で滅多打ちされてキャンバスに倒れる具志堅を見て、私は「立ってくれー」と
叫んだ。実際には勝負は決していたが、誰もがそれでも具志堅が負けるなんて信じなかった・・と言うよ
りは信じられなかった。倒れている具志堅に観衆は片手にパンフレットをもって上につき上げて「立て!」
のゼスチャー。もうだれも訳が分からない状態で、アナウンサーまでも「立て!チャンピオン」と絶叫した。
観衆の思いに答えるように、具志堅は力無く立ち上がるが無抵抗のまま乱打される。その時だった。具志堅
のセコンド金平会長がタオルを投入して試合が終わった。私は泣きながら絶叫した。「どうしてー。どうし
てタオルを投げたんだ」。あんな状態でも勝と信じていた具志堅にタオルを投げるなんて・・・
当時、高校生であった私は具志堅があのままで終わるはずが無いと信じていたが、後で思えば既に力尽き
ていた。自分のヒーローがメチャクチャに打ちのめされるのを見るのはショックだった。あの衝撃は私の
ボクシングファン歴で一番のショッキングな出来事だった。あの栄光のカンムリワシのチャンピオンベルト
が、フローレスの腰に巻かれると悔しくて・・悔しくて涙が出た。
自分のすべてが終わってしまったかと思えるほどショックで、しばらく放心状態でいると具志堅の試合を
見なかった別の高校の友人から電話が入った。
「おーい。某女子校の子達と遊ぶ約束したんだ。お前も参加してくれ!」
私にはこれが雑音にしか聞こえなかった・・・。


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